腐敗した日本の政治を若者が斬る!辛口御免!
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2018年01月05日 (金) | 編集 |
 あらゆるものに寿命のようなものが存在する。食べ物なら賞味期限、乾電池なら消費期限のように。
 普通、そのものの経年によって期限がきまるのであるが、用いる人の経年によっても決まるものがある。
 ‎
 僕にとって、村上春樹のノルウェイの森は賞味期限が切れてしまった。ただ幸運だったのは期限が切れる前に一度だけ読めたことだ。多感で反抗的な時期なのに純粋な矛盾した時期が読みごろである。
 
 今読んで見ても何がよかったのかわからない。ただ確実に言えるのは、読んでいるときは、知らぬ間に別の世界へと連れていってくれるのだ。ハリウッド映画のような完全なる別世界ではない、いわゆる自身の平行世界のようなところにつれていってくれるのだ。
 
 なぜノルウェイの森の期限は切れてしまったのだろうか?
 ‎量子論の解釈の1つであるコペンハーゲン派のように、僕の、ノルウェイの森という平行世界は、僕自身の多感な青年期から矛盾のない成人期への移行、つまり自己矛盾という重ね合わせの状況からの離脱によって世界が収束し、消えてしまったからなのかもしれない。
 ‎ただ、量子論における平行世界と異なり、自分の平行世界は自身の観測によって収束しないし、2つの平行世界を行き来できた。
 ‎村上春樹が作り出す世界は僕にとっては物理学の最先端理論の量子力学を凌駕する存在なのだ。
 
 脳に限界はあるのだろうか?少なくとも、現代の物理学の世界を越えた世界を頭のなかで想像できる。
 VRで現実を越えようと躍起になっているが、十数年前に村上春樹は多くの人の脳に、綺麗で、はかない平行世界を映し出した。
 
 聖書によれば初めに言葉あるらしい、なら最後にはなにが生まれるのだろうか?

 少なくとも、今でも言葉は人々の頭に様々な新しい世界を作り上げられる。まるで、スマホにアプリを導入するように
 そう考えると、将来の仮想現実装置はハードの進歩による達成ではなく、脳というデバイスにいかにソフトを入れるかではないかと思う。
 
 ‎僕の目の前には、壊れた未来のVR装置がある。どうしたら直るのだろうか?それとも修理する必要はないのだろうか?
‎直したい自分と不要だと思っている2人の自分がいる。
本当の仮想現実が来たときにこの矛盾は収束するのかもしれない。

 VRの世界で僕は量子力学の神髄である不確実性をも凌駕する存在なのだ。
  最後に生まれるVR装置によって、人は全知全能の神となるのだ。
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